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名古屋高等裁判所 昭和62年(う)241号 判決 1987年11月05日

本店所在地

名古屋市東区東桜二丁目一三番一七号

秀一寿し株式会社

右代表者代表取締役 原木こと黄淳一

国籍

朝鮮(慶尚北道大邱市南区南山洞一四五番地の六)

住居

名古屋市中区新栄二丁目三六番六号

会社役員

原木こと黄淳一

西暦一九四六年六月一二日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、名古屋地方裁判所が昭和六二年六月一二日言い渡した判決に対し、被告人両名及び原審弁護人から各控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官山岡靖典出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決中被告人秀一寿し株式会社に関する部分を破棄する。

被告人秀一寿し株式会社を罰金七〇〇万円に処する。

被告人黄淳一の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人石川康之作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官山岡靖典作成の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用するが、各控訴趣意の要旨は、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実の取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は、昭和五七年七月に設立された被告人秀一寿し株式会社の代表取締役である被告人黄淳一が、昭和五八年五月に青色申告の承認を受けたばかりなのに、日々のすしの売上の一部を現金出納帳に記載せず、また、売上の一部を秘匿する以上、これに対応して経費も少なめにしなければ不自然であることとの関連で従業員等に支払った各月の給与の一部その他経費の一部を関係帳簿に記載せず、正規の帳簿書類に取引きの実際を反映させないという方法によって所為を隠ぺいし、これより、昭和五八年六月からの事業年度には約一一〇〇万円、昭和五九年六月からの事業年度には約一五〇〇万円の法人税をそれぞれ脱税し、隠ぺいした所得は、裏給与の支払等簿外経費の出費にあてたほか、家族や従業員等の名義で預金するなどとともに、自分を始め家族や従業員の幸福を願って、被告人黄淳一が信仰する天理教のために定期的に献金していたというものであるが、その脱税の動機の一つには、宗教に対する献金という点もあるが、やはり自己中心的な横着であることに変わりがないから、格別同情に値しないし、脱税額自体も多額にのぼるうえ、実際の税額に対する脱税額の割合が、昭和五八年六月からの事業年度については九七パーセント以上、昭和五九年六月からの事業年度については九九パーセント以上と、極めて高率であり、更に、脱税の手口も、青色申告の各種特典にあずかろうというのに、これとは裏腹に帳簿の記載の真実性を害するという計画的で悪質な手段をろうしたものであり、加えて、被告人黄淳一は、被告人秀一寿し株式会社の設立前から、営業していたすし屋の所得について、材料を架空人名義で仕入れたり、店頭現金買いで購入するなどの方法によって、継続的なごまかしをしていたものであり、本件の各脱税も、手口が異なるとはいえ、その一環と見得るのみならず、税務当局により本件の脱税に対する調査が開始されてからも、すしだねケースのガラス代ついて、代金を水増しした領収証を作成してもらうという罪証隠滅行為に出たことがあることに照らすならば、被告人秀一寿し株式会社及び被告人黄淳一の各刑事責任は、決して軽く見ることができない。したがって、被告人秀一寿し株式会社は、株式会社とはいえ、基本的には、設立されて間もない小規模な同族会社であり、これまでに脱税等の手入れを受けたことがないこと、更に、本件のため、青色申告を取り消され、脱税に係る本税も既に納付していること、他方、被告人黄淳一は、これまでに、交通違反を除けば、一切、前科や処罰歴がないこと、更に、若いときからすし職人の修業を積み、現在では、従業員数名を使ってすし屋を経営するまじめな市民であり、本件を契機に深く反省し、今後は正しい納税申告をするよう心掛けていること等の諸事情を各被告人のために十分斟酌しても、被告人秀一寿し株式会社を罰金八〇〇万円、被告人黄淳一を懲役一年、三年間執行猶予に処した原判決の量刑は、その宣告時においては、いずれも相当であって、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

しかしながら、当審における事実の取調べの結果によれば、被告人秀一寿し株式会社は、原判決後、苦しい資金繰り状況のもとで努力し、多額にのぼる重加算税、延滞税等を昭和六三年一〇月までに分割して納付することについて税務当局の了承を受け、既に、分割納付に係る先付小切手を預託していることが認められ、更には、これにより、被告人秀一寿し株式会社は、今後決して、同種の過ちに出ないとの姿勢を示すに至ったものと考えられるから、これらの事情に、前記の被告人秀一寿し株式会社のために酌むべき諸事情を併せ考慮に入れるならば、被告人秀一寿し株式会社に対する原判決の量刑は、現時点においては、いささか重過ぎるに至ったものと認められ、これを是正するために原判決を破棄するのが相当である。他方、被告人黄淳一に対する原判決の量刑は、右のような原判決後の各事情を考慮に入れても左右されず、なお相当である。

よって、刑訴法三九七条二項により、原判決中、被告人秀一寿し株式会社に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において更に判決するが、原判決が確定した事実にその挙示する処断刑を出すまでの法条を適用した罰金額の範囲内で被告人秀一寿し株式会社を罰金七〇〇万円に処し、また、刑訴法三九六条により被告人黄淳一の本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本卓 裁判官 油田弘佑 裁判官 向井千杉)

○控訴趣意書

被告人 秀一寿し株式会社

被告人 原木淳一こと 黄淳一

右被告人らの法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和六二年八月二八日

右被告人両名弁護士

弁護人 石川康之

名古屋高等裁判所刑事第一部 御中

第一、原判決は被告人秀一寿し株式会社に対して罰金八〇〇万円、被告人原木淳一こと黄淳一に対して懲役一年、執行猶予三年の判決を言渡したが、いずれも刑が過大で刑の量定が不当であるので刑事訴訟法三八一条により控訴の申立をするものである。

一、被告人秀一寿し株式会社に対する罰金八〇〇万円の判決はつぎのとおり刑の量定が不当である。

1、被告人の逋脱額は昭和五九年五月期が、一、一二七万円余昭和六〇年五月期が

一、五〇五万円余で二期分合計二、六三二万円余に過ぎない。

この逋脱額に対する罰金八〇〇万円の割合は三割を超える。

通常この種事件における罰金刑の逋脱額に対する割合は二割から二割五分程度であって三割を超える量刑は極めて稀である。

(一)、特に、被告人の逋脱額はこの種の脱税事犯の中では少額であり、この程度のものであれば起訴に至らないものが大半で、せいぜい行政罰が課されることにより収捨されている。それらの事例との対比によっても罰金八〇〇万円という原判決の量刑は妥当性を欠くものである。

(二)、また、新聞等で報道される脱税事犯は、逋脱額は数億円の本件に数倍の事犯が多いが、このような事例においても罰金の額は逋脱額に比して三割を超えるものは殆どない。逋脱額の大小が脱税犯の場合にはその量刑において最も重要視されるべきものと思料されるのであるが、この観点からしても、本件のごとき少額の事犯に対して逋脱額の三割を超える罰金八〇〇万円の原判決の量刑は極めて不当である。

(三)、被告人は法人税、法人市・県民税の本税の納付を了している(原審公判廷における被告黄の供述、弁護人提出の納付書、領収証)。

これによって、被害は回復しているので過大な罰金刑を科すことは不当である。

2、被告人秀一寿し株式会社は、原審の段階では納付していなかった重加算税等についても国税当局に対して昭和六二年八月二六日、一ケ月あたり一〇万円宛先付小切手により納付した(当審において御審議賜りたい)。

二、被告人黄についても、前記の諸事情及びつぎの事実からすれば懲役一年執行猶予三年の量刑は不当である(被告人の昭和六一年一一月一二日付、八月八日付各質問てん末書、昭和六二年三月二三日付検察官に対する供述調書、被告人の原審公廷における供述、証人飯田繁の証言等からつぎの事実は明らかである)。

1、被告人の反省・改悛の情は顕著で、再犯のおそれはない。

被告人黄は、本件事案の解明にあたり捜査当局の調査に対しては捜査の早期終結のために最終的には積極的な協力をした。そして、早期に修正申告、納付をした(外山勝郎作成昭和六一年一一月一三日付証明書二通・甲一七、一八号証)。また、昭和六一年五月期には正しい申告納税をなしており、本年度五月期の七月申告においても正しい申告をした。

このように被告人の反省・改悛の情は顕著である。

また、被告人黄は、今後は正しい申告をし、再びこのような事件をおこさないことを固く誓っているものであって、再犯のおそれは全くないものと思料されるところである。

2、本件動機等についても情状斟酌すべきものがある。

(一)、被告人黄は中学二年で中退し、その後二年余、飲食店「赤坂」の店員となったが、昭和三八年から一二年余の間千種区今池の秀寿し(飯田繁証人方)で寿し職人としての修業をし昭和五一年独立して中区新栄に店舗を構えて開業したが、昭和五七年には東区東進町(東桜二丁目)に土地建物を取得して店舗の移設をしたものである。

被告人黄の姉は中学卒業後直ちに質屋に女中奉公しているが、被告人黄一家は両親離婚後は母子家庭となり辛酸刻苦の生活を余儀なくされてきた。このような家庭環境の中で、被告人ら一家は身を粉にして働き、貯蓄に勤めようやく被告人黄において店舗を構え母子三人がともに働くことができるまでになったものである。

(二)、ここまでに至る被告人黄の苦労は並大抵のものではなく、余人には推測もできないところもあるであろうが、このような母子家庭で、一人前の社会人となり、店舗を所有するひとかどの寿し屋にまでなったことが本件脱税の動機となっているのである。

被告人黄は自分が苦労して得た栄光であったからこそこれを余人にも分け与えたかったのである。若い店員は被告人と同じような母子家庭の者もありまた、多かれ少なかれ家庭には恵まれず貧困である。このような店員を自分と同じような一人前の寿し職人として独立させたいというのが被告人黄の願望であり、そのために同人らを教育し同人らのために結婚資金・独立資金として裏給与という方法で貯蓄に勤めてきたのである。

また、被告人黄は、熱心な天理教の信者であり、現在の自分及び従業員の幸福にとって最大の助力者であると信ずる神様に対し極めて多額の献金をしてきたものである。

(三)、確かに、従業員とか天理教を優先して納税を回避するという脱税は刑事犯として罰せられるべきものであるが、被告人黄の右のうよな心情は十分に理解できるところであり情状事実として深く参酌を賜りたいところである。

3、被告人黄は真面目な社会人である。

被告人は、脱漏所得を私用したものではない。右で述べたとおり、被告人は脱税によって得たものは従業員の貯蓄や天理教の献金に使い、その使途は決して非難すべきものではない。

被告人はパチンコ、麻雀、酒色等は一切せずまさに粉骨砕身というべき人の何倍も働き、そのうえ暇があれば天理教の勤労奉仕に出かけるなどして一般平均の人以上に真面目な信仰人としての日常生活を送っている。勿論、前科・前歴は皆無である。

第二、右事情を考慮され、当審においては正当な判決を賜るよう本控訴におよぶものである。

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